芥川龍之介 蜜柑について。~ミカンの登場で天変地異~

純文学かよ、おいおい俺は帰らせてもらおう、いや私はそんなもの興味ありません、と言ってくれるな。少し聞いてくれ。

暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落らんらくするあざやかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、またたく暇もなく通り過ぎた。

蜜柑/芥川龍之介 

そもそも僕がこの作品に出逢ったのは「現代文の問題を解いている中」だった。もちろんその瞬間は作品を楽しむ間もなく、難しい言い回しを使うものだなあとか、そんな感想を抱いた程度だった。

美しいのだ。全体として暗い雰囲気の中、空に放り投げられるミカンをきっかけにして180度変化する眺望を開く主人公の心情、ヒロインに対する印象の変化...

この作品を少し、僕なりに紹介する。

夕暮れ時、「私」は二等列車、ちょっといい電車にのってぼんやりとしていた。すると列車の中に、如何にもいなかっぺな感じの少女が乗ってくるところから物語は始まる。

「私」は、あまり彼女にいい印象を抱いていないが、どうでもいいし、疲れたし寝ることにする。数分たち嫌な予感がした。必死に彼女が窓を開けようとしている。あけられへんかったらええねん、と意地悪な気持ちで、それを見つめている私。

その当時列車はもくもくと煙を上げている。

しょうもないことを、と依然見つめていると急に列車がトンネルに差し掛かる。と同時に開け放たれる窓。

おい、マジか。

窓から勢いよく吹き付ける黒煙が顔面を直撃。咳ごむ私。なにしてくれとんねん。

少女は謝るそぶりもなく、おかまいなしになにか、またごそごそ。

と、急に窓の外が明るくなる。列車は町はずれに差し掛かる。うん?見れば踏切あたりに背の低い子供たちが。

それめがけて、彼女が少しの蜜柑を窓の外へ放り投げる。きゃあきゃあという声を尻目に通り過ぎる。

貧乏な彼女の家族。奉公先にせめてもと持たされた蜜柑はあきらかに彼女用。切符を間違えているような少女。それでも、見送りに来てくれた弟たちになにかと考える兄弟愛。

冒頭にも述べたように、私が全く少女にいい印象を抱いていないこと、日々に退屈しきっていること。これは心内文で吐露しているように思えますが、その曇天のような空気感が物語の最初からずっと続くわけです。しかし、蜜柑を窓の外に出す直前、ちょうどトンネルを抜けた先で、開け放たれた窓から吹く田舎の清涼感を含む風、夕暮れの光、それらが急に主人公の五感にアピールしてくる様子の表現が流石、といったところ。ここを起点として、天変地異がごとく、私の視点が変わってしまうところは、なんだかこちらまで気分が高揚してしまう。

うーん。うーん。何度読んでもしびれるなあ。

あばばばば、もまた今度書こうか。

そういえば僕の家の犬の名前もミカンなんです。それの名の由来はなにか。単に僕の妹が、あの暖な日の色に染まっているような果実を好きだということ。

それが幾分か、いや寧ろ多分にあるのだろうけれど。

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